2017年6月11日日曜日

夕焼けの空 坂本九

「夕焼けの空」は、NHKが制作した人形劇『新八犬伝』のエンディングソングである。昭和48年の歌である。「新八犬伝」の語り役をしていた坂本九が歌った。今でも一部のファンには人気の高い曲だが、シングルは絶版となっている。中古物でも入手は困難であろう。ベスト盤に入っているのでそちらで我慢して欲しい。



夕焼けの空

作詞 石山透
作曲 藤井凡大
歌唱 坂本九

夕焼けの空を君は見てるか
小さなまぶたに涙をためて
一人ぼっちじゃないんだ
まだ知らないだけなんだ
胸をわり心ひらいて
語り合い信じ合う友は
きっと どこかで
どこかで 待っている
夕焼けの空は 君たちの血の色
愛し合い 助け合う 誓いの赤

(以下略)

坂本九
1941年12月10日川崎市生まれ
1985年8月12日飛行機事故にて死去 享年43歳
生涯のレコード売り上げ数1500万枚


2017年6月9日金曜日

水害都市・神戸

神戸という街が兵庫県の南部にある。南部と言っても淡路島にあるわけではない。なぜか六甲山が海岸まで迫った窮屈な土地にある。最近は西神や北神など六甲山の西側や北側が発展中である。百万都市とはいえ、元々人間よりイノシシの数の方が多いところがあちこちにあるので、宅地開発はお手のものである。

さて六甲山であるが、普通の山であった。せいぜい木の枝を切って薪としたり、おじいさんが芝刈りをするぐらいだった。戦国時代にあちこちに城を建てたのが環境破壊の始まりである。木は切り倒され、合戦地となれば火をつけられたりして、ダメージが広がっていったのだ。荒れた土地に最初に自生したのはアカマツであった。
江戸時代になると、アカマツ林はマツタケを採るぐらいにしておけばよかったのだが、燃料用に切り倒してしまった。マツはマツヤニが採れるので文字通り根こそぎ掘り起こしてしまったのである。その結果、坂本龍馬が走り回っていた頃には、お寺の周囲以外は木がなくなってしまった。

現在でもあちこちにハゲ山はあるがたいてい岩盤が露出している。私はハゲ山からの景色が特に好きである。眺めがいいからである。山頂の眺めが悪いとがっかりである。明治時代後半になるとさすがにこれではいかんと思ったのか、植林事業が始まった。そして現在の山になったのかというとそうでもない。山火事や戦争、集中豪雨などでダメージを受け続け、現在の基礎が出来上がったのは昭和40年代である。

神戸は水害都市である。ハゲ山からは雨が降れば一気に水が集まってくる。髪の毛がある人はハゲ頭に比べて、頭を洗う時間がかかることを考えれば誰でも分かるだろう。一気に来るから土砂も流れてくる。堤防を築いても、山から砂が出てきて川底にたまるので、堤防を上げねばならない。悪循環の見本である。そして、六甲山南麓の川は天井川になった。

豪雨があると水が一気に集まってくる。ところが砂が溜まったあたりになると、水が流れにくくなり、水位が上昇してやがて堤防を越える。実際は川と言ってもそれほど大きな川ではないのだが、何しろ天井川である。一旦流れ出た水は川へ戻ることはない。かくして広範囲にわたって、水害がおこったのである。

昭和以降の水害は以下のとおりである。

昭和9年(1934)9月21日  室戸台風 床上2,547戸、床下7,919戸、死者6名。
昭和13年(1938)7月3日~5日  阪神大水害 住家流失1,497戸、埋没966戸、全壊2,658戸、半壊7,879戸、床上31,643戸、床下75,252戸、死者671名、行方不明24名、堤防決壊14、道路決壊69、橋梁流失57。
昭和14年(1939)8月1日 浸水14,165戸、死者2名、堤防決壊23。
昭和20年(1945)10月8日~11日  阿久根台風 河川決壊破損87、道路決壊破損141、橋梁被害61。
昭和21年(1946)6月18日~19日 河川決壊破損53、道路決壊破損46、橋梁流失破損12。
昭和25年(1950)9月3日  ジェーン台風 家屋全半壊1,067戸、流失39戸、床上58戸、床下2,682戸、堤防決壊44、道路破損70。
昭和28年(1953)6月7日 台風2号、浸水673戸、死者4名、堤防決壊37、道路破損30。
昭和28年(1953)9月25日 台風13号、家屋全半壊689戸、浸水1,047戸。
昭和36年(1961)6月24日~27日 家屋流失11戸、全壊140戸、半壊263戸、床上3,960戸、床下29,376戸、死者28名、行方不明3名、河川被害973、道路被害580、橋梁流失62。
昭和36年(1961)9月16日  第二室戸台風 家屋全半壊流失2,555戸、床上8,801戸、床下36,034戸、死者10名、河川被害1,756、砂防98、道路1,044、橋梁121、緊急砂防12。
昭和39年(1964)8月1日 死者2人、浸水14165戸
昭和40年(1965)9月10日 台風23号、家屋全半壊1,765戸、床上2,603戸、床下1,262戸。
昭和40年(1965)9月17日 台風24号、家屋全半壊176戸、床上102戸。
昭和42年(1967)7月9日  7月豪雨 家屋全壊367戸、半壊390戸、床上9,187戸、床下49,650戸、死者90名、行方不明8名、河川決壊29、溢水氾濫74、橋梁流失37、山くずれ141、がけくずれ168、道路崩壊162。
平成10年(1998)9月22日 新湊川水害、浸水
平成11年(1999)6月29日 新湊川水害 浸水
平成20年(2008)7月28日 都賀川水難事故 死者5名

現在はようやく草木の繁る山となったが、誰が植えたかヤシャブシが多量にある。ヤシャブシの花粉はハンノキ花粉症の原因となっている。ハンノキ花粉症はシラカバ花粉症と非常に近く、併発する場合もある。これらの花粉症は果物アレルギーも併発することがあるので、関西だからと安心してはいけない。場合によってはアナフィラキシーショックを起こすこともあるので気をつけよう。私もアレルギー体質である。他人事ではないのだ。


2017年6月8日木曜日

ぬえの鳴く夜は恐ろしい

私は高校の頃から推理小説を読み始め、1000冊以上は読んでいる。私は元来本を読むのが遅い。その上、探偵が最後に「あなたは、あの時、こんなことをしたでしょう」などと言うと、そのページまで戻って確かめるのでなお遅くなる。

「ぬえの鳴く夜は恐ろしい」という言葉は、横溝正史の「悪霊島」の冒頭部に出てくるが、この「ぬえ」は妖怪ではない。鳥である。夜の鳥と書いて「鵺」を「ぬえ」と読む。鵺の鳴く夜がなぜ恐ろしいかは、「悪霊島」読んでくれ。ネタばらしをすると横溝正史の悪霊にやられてしまうかも知れない。

さて、金田一耕助は言語学者の金田一京助をモデルにしているが、この探偵、実はとんでもないヘボ探偵である。横溝正史が何かの本に書いていたが、「犯人が立てた完全犯罪を、成し終えた後、探偵が解き明かすのが醍醐味だ」とのことである。従って、前半は、犯人の思うがままに殺人事件が行われ、金田一耕助はただ、指をくわえてそれを見ているだけである。犯人が計画を完遂してから金田一耕助が推理するのだが、私は、時々、犯人に同情して、「そんなことをしても、死んだあいつは喜ばないぞ」と言ってしまうのである。

「金田一少年の事件簿」という漫画がある。アニメ化されているのでご存知の方も多いと思う。主人公の金田一一(きんだいちはじめ)は金田一耕助の孫という設定になっている。彼の決め台詞が、「名探偵と言われた、じっちゃんの名にかけて」なのだが、これは変である。間違った推理をすると、じっちゃんの名が汚れるというのか。特にこの主人公、間違った推理を度々行っている。また、偶然の証拠によって犯人が分かるということもある。

横溝正史は推理に重きを置いた、小説である。対して江戸川乱歩は、小説の雰囲気に重きを置いていた。そのため乱歩の小説はトリックとしては無理なものがかなりある。もちろん証拠もなく犯人が分かることもある。
推理小説は海外から伝わってきたものだが、当初は、怪奇小説やSF・幻想小説・冒険小説など多数の分野が含まれていた。やがて時代と共に分化していくのである。




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